ウィリアム・モリスらによるアーツアンドクラフツ運動とインテリア

ウィリアム・モリスらによるアーツアンドクラフツ運動とインテリア

椅子を中心に家具の歴史変遷などを以前の記事に記していますが(椅子の歴史について:   、そこにも登場する歴史的な運動アーツ&クラフツ。産業革命の時代、手工業から機械化へと移る流れのなかで出てきた粗悪品に対抗するため起こった運動です。

今回は、アーツアンドクラフツ運動と、中心人物であるウィリアム・モリスについて、またその家具やインテリアデザインに焦点を当てて記します。

 

ウィリアム・モリス

ウィリアム・モリスは、19世紀を代表するイギリスの偉人で、芸術家、詩人、作家、思想家、社会運動家などさまざまな肩書きを持ちます。アーツアンドクラフツ運動を行った中心人物としても有名な人物です。 

 

アーツアンドクラフツ運動とは

18世紀半ばから、機械による大量生産が行われることで安くで手に入るものが増え、それまでの丁寧な手仕事によるものが駆逐されていきます。しかし、機械生産によるそれらは粗悪な品質ものものが多かったため、もう一度手工業を立ち返らせ、生活者がその良さを理解できる社会を目指した動きが始められます。これがアーツアンドクラフツ運動です。手工業の活性化とともに、芸術作品とも言える手作業による作品を生活者に浸透させ、芸術意識を高める社会活動であったともいえます。さらに、環境問題への取り組みなども交えて、芸術運動にとどまらず社会に大きく影響を及ぼす活動をとなりました。

結果的には手工業による作品はやはり高価になってしまい、民衆の芸術とはならない部分もありましたが、その活動がその後の世界に与えた影響は大きく、ウィリアム・モリスは「モダンデザインの父」とも呼ばれています。

 

モリス商会

ウィリアム・モリスは、オックスフォード大学での仲間とともにグループを作り、互いに刺激し合いながら、宗教から社会問題や、建築、芸術へと興味を広げていました。オックスフォード・ユニオン(学生会館)討論室の壁画制作に参加し、室内装飾の計画を練り、各人がそれぞれの技能を生かし責務を果たす共同制作を送ります。

1861年には、総合的装飾設計施工会社、モリス・マーシャル・フォークナー商会が創設されます。設立当時、紹介は、「住居・教会・公共建築用壁面装飾や彫刻、壁面装飾との調和に留意したステンドグラス、宝飾をも含む金工、家具や一才の生活必需品や装飾」などの制作を中心に、暮らしに根ざした様々な美しい作品の制作を行いました。75年には、他のメンバーとの意見の相違や女性を巡っての確執などによって、モリスが単独経営者とするモリス商会へと改組が行われることとなりますが、当初、バーン=ジョーンズは主に家具の絵付けやステンドグラスの下絵、建築家のフィリップ・ウェッブは、主に家具の設計や内装計画を担当したといわれており、モリス以外の商会中心人物です。

また、モリス・マーシャル・フォークナー商会は、1862年の第二回ロンドン万博においてデビューを果たします。ここでは1851年の万博であって欲しいと思ったものを作って出品しており、それが「ステンドグラス」「刺繍と絵付け家具」のスタンドです。これらが評価されたことから、初期はステンドグラスと家具の製作がメインの仕事となります。

  

ステンドグラス

商会にとっての最初の主要な分野となったのが、ステンドグラスです。

当初は、画風の異なる全員が下絵を描き、図像に適度な統一感を与えるといった作りでしたが、次第に変化していくのですが、ここにもウィリアム・モリスが近代デザインの先駆者といわれる理由があります。

バーン=ジョーンズ単独による大作である聖フライズワイドの窓を見ると、その時代の特徴でもあった鮮やかな色が全体に散りばめられている様子が見受けられます。しかし、商会での共同作品は、バーン=ジョーンズによる人物中心の下絵、ウェッブは鳥獣など、モリスは植物を描いた上で、全体の調整を行なったため、色彩や形態が適切にコントロールされた統一感のあるものとなっています。さらに、壁紙やテキスタイルなどその他の作品と共通する、商会あるいはモリスの特徴が感じられる作風となります。

一人一人の持ち味を生かして、一人ではできない作品を生み出す、現代でいうアートディレクターとしての役割を果たしていたといえます。

  

家具

万博出品の影響を受けて、単独制作の絵付け家具が初期の主要作品となりますが、のちに「サセックス・チェア」や「モリス・チェア」といった量産品が開発されていきます。壁紙やテキスタイルなどが次第に重要性を増すにつれ、商会は、受注施工会社からデザイン制作・製造・販売会社へと徐々に姿を変えていきました。

サセックスシリーズのアームチェアは、ドイツで生まれたミヒャエル・トーネットの曲木椅子の傑作、No.14とほぼ同時期の製品。丈夫で扱いやすくデザインに優れた上、比較的安価であるため、商会の人気商品となりました。

 

タイル

当時一般的な工場では、タイルに模様の輪郭を印刷し、非熟練工が彩色していました。それに対してモリスは、オランダに発注した白タイルに筆で絵付けする方法を好んでいました。

  

壁紙

壁紙のデザインは、商会創設の翌年から始まっています。テキスタイルと並んで、モリスのパターン・デザインの才能が発揮された分野といえます。図案に加えて、色彩的魅力が高く、12刷りを重ねたものなど多くの色版を使って制作されています。   

 

最初の3作の後(1860年代後半)には、マネージャーのウォリントン・テイラーの助言もあり、商会は廉価な単色刷りの壁紙へと向かっていきます。1871年ごろは、当時熱中していたカリグラフィ彩飾の影響も受けて、渦巻きなど自然をより有機的に扱ったデザインを始めます。

 

 

ジャスミン

ウィリアム・モリス

出典

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最終閲覧日:2021年2月26日

 

 

テイラーの死後においても、初期の壁紙の繊細さよりは、流暢かつ大胆な感覚が強いものが作られます。

 

 

アカンサス(1879-1881)

ウィリアム・モリス

出典

Birmingham Museums Trust | Image Details - 1941P413 Acanthus

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40代に入り、社会的活動を本格化させたモリスのパターンは、より華やかで堂々としたものになっていき、多様な展開がされていきます。その後、商会の壁紙が完成に近づくと、開発の主力をテキスタイルへと移していくこととなります。

 

テキスタイル

テキスタイルは、モリスが生涯関わった分野です。刺繍、染め、織り、そしてさらに複雑な織りと、ステップを踏んで、テキスタイル・アートを極めました。

 

染色

モリスは、伝統的な木版と天然染料を用いた染色を試みます。

当時広く採用されていた効率優先のローラー捺染や、安価で使用が易く鮮やかで速乾性のある化学染料による方法を取らないことは、効率や利益だけを追い求めず質を追求し、染色の芸術を守ろうとしたといえます。

特にインディゴを用いた染料においては、アニリン染料の紺青色ではなく、インディゴの精妙な青藍色を求めて実験を重ねています。それを経て、色合いと染色堅牢度に、こだわりや理想が詰まった捺染が完成することとなります。

 

 

ケネット

ウィリアム・モリス

出典

Birmingham Museums Trust | Image Details - 1941M405 Kennet

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また、テムズ川の支流が隣に流れるマートン・アビーへ移転後のモリスのデザインには、垂直や斜めに揺れ動くようなデザインが次々に現れ、様々に表情を変える豊かな自然のイメージが感じられます。モリスの制作活動は染色以外にも、その時々の住まい、学び、働いた場所などと深いつながりを持って変化していきます。

 

  

織物

カーペット(ラグ)

1876〜77年ごろから、モリスは織物に精を出すようになります。モリスは、織りに関しては動力織機の導入が織物の質を変えてはいないと判断し、自ら生産を始めています。

終のすみかとなるハマスミス(ケルムスコット・ハウス)では、カーペットの制作も行います。小型のカーペット織機を用いたラグで、79年からは馬車小屋を改造して、より大型のカーペットの制作にも対応できる体制が整えられました。81年以後の制作の場となったマートン・アビーで織られた比較的大きなものも含むしばらくのハマスミス・カーペット(ラグ)には、ハマスミス(ハンマースミス)を意味するハンマー、大文字のM、そばを流れるテムズ川を意味すると思われる二重の波線を組み合わせた織マークが織り込まれています。

  

タペストリー

1879年5月、モリスはついにタペストリーに着手します。幼いころ、エピングの森の「エリザベス女王の狩猟小屋」で目にして以来、モリスにとってタペストリーは至高の「織りの芸術」であり続けていました。

のちにタペストリーは、商会の製品の愛好者の中でも特に富裕層の間で人気が高まり、モリスの直弟子ジョン・ヘンリー・ダールが作風を受け継ぎ、可憐な草花に立つ華麗な人物像や天使像などが織られています。

 

 

コックキジ(1916年)

ジョン・ヘンリー・ダール

出典

Birmingham Museums Trust | Image Details - 1947M55 Cock Pheasant

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生活と芸術の統合を目指したウィリアムモリス。質の良い崇高な芸術を求めつつも、それを生活者に自然に広めたいという思いからインテリア用品を多く扱っていたようにも考えられます。その思いは、その後様々な芸術様式となって後世に残され、今も大切に引き継がれています。

  

  

  

参考文献

『もっと知りたい ウィリアム・モリスとアーツ&クラフツ』藤田治彦, 東京美術

『ウィリアム・モリス 英国の風景とともにめぐるデザインの軌跡』藤田治彦, 織作峰子, 梧桐書院