北欧発デザインの椅子 フィン・ユール
フィン・ユールが手掛けた美しい椅子をいくつか紹介します。
彫刻家の作品に影響を受けた椅子
フィン・ユールは若いころから、ジャン・アルプやヘンリー・ムーアなどの彫刻家の作品に興味をもっていました。特に初期作品は影響を色濃く受けており、1940年、41年に2年続けて張りぐるみの椅子をキャビネットメーカーズギルド展で発表しています。これらは、有機的で彫刻のようなシートの下に先の丸い4本の脚を取り付けたシリーズです。また、アームそのものが彫刻作品のようなシリーズも彫刻家の作品に刺激を受けたといわれています。彫刻のような自由な造形のそれらは、家具職人ニールス・ヴォッダーとの出会いによって、実際に形作られることとなりました。
ペリカンチェア
1940 ニールス・ヴォッダー工房~ハンセン&ソーレンセン社
メイプル+布張り
木彫りのエリック・トメセンの影響を受けたデザインだと言われている。ヤコブセンのエッグチェアが1958年発表であることを考えると、1940年にペリカンチェアが受け入れられなかったことも納得できる。
イージーチェアNV-45
1945 ニールス・ヴォッダー工房~ハンセン&ソーレンセン社~ニールス・ロッソ・アナセン工房
マホガニー+布張り
エッジは薄く、ナイフのように研ぎだされており、世界で最も美しいアームを持つ椅子ともいわれる。座面がフレームから浮いているように見えるのは、前後の脚をつなぐ貫とシートの間に隙間を設けていることによって生まれる。アームと前後の脚部は継ぎ目なくつながっており、職人の腕も感じさせる。現在はコンピュータ制御の機械によって量産されているが、当時はその作り手職人によってのディテール形状の違いが確認できる。優雅で軽やかな美しい後ろ姿も兼ね備えた1脚。
ニールス・ヴォッダー、ソーレン・ホーン、
ニールス・ロッソ・アナセンなどによって形作られた椅子
ニールス・ヴォッダーに始まり、そこで修行したソーレン・ホーン、その工房にいたニールス・ロッソ・アナセンというように作品の技術が受け継がれてきました。奇抜な造形を具現化し、構造体として保つには、大変な技術が必要となります。上に記した家具はもちろん、その他のいくつもの美しい椅子の誕生に貢献した人物、工房の制作による椅子です。
チーフティンチェア
1949
ニールス・ヴォッダー工房~イヴァン・シェルクター工房〜ソーレン・ホーン工房〜
ニールス・ロッソ・アナセン工房〜ハンセン&ソーレンセン社
ローズウッド+革張り
自邸の暖炉の前に置く安楽椅子としてデザインされた。
彫刻から影響を受けた初期の作品とは異なり、民族的な武器や武具をもとにデザインしている。キャビネットメーカーズギルド展にて、大柄なフレデリック国王の目に留まり、
酋長の椅子という名がついた。また、後脚と背を両側から支えるフレームが三角形を作り出しており、それがエジプトの壁画に描かれた女王の椅子と構造が同じだったため、エジプシャンチェアという別名を持つ。見る人に強烈な印象を与えるため、発表時には賛否両論の意見が起こった。
アームチェアNV-48
1948 ニールス・ヴォッダー工房~ニールス・ロッソ・アナセン工房
(メイプル&キューバンマホガニー)チーク+布張り
1948年のキャビネットメーカーズギルド展で「ある芸術収集家のためのワークルーム」というテーマのニールス・ヴォッダー工房のブースに出展。これは背もたれをフレームからの金具で支持することで、座がフレームから浮いているような軽快な感覚となる。
イージーチェアNV-53
1953
ニールス・ヴォッダー工房~キタニ
ローズウッド+布張り
座の側面がアームのすぐ下まで立ち上がっているイージーチェアは、フィン・ユールのデザインでは珍しい。先端が尖ったアームが特徴的で、このデザインの2シーター版のソファも発表されている。1990年代後半、キタニがリ・プロダクトしている。
フランス&サン社による椅子
マットレス会社、フランス&デヴァーコセン社の社長であるC.W.F.フランスが、自社のマットレスを売るために作った家具メーカーがフランス&サンです。クッションを使った椅子のデザインをフィン・ユールに依頼したのがきっかけとなっています。しかしその後1966年には、経営難によってポール&カドヴィウスのロイヤルシステム社に買収されています。フィン・ユールによるフランス&サン社の製品は、カド・コレクションとして引き継がれています。
イージーチェアNo.137
1953 フランス&サン社
チーク+布張り
クッションが均一に薄く、簡単な構造に仕立てており味わい深い造形。
同時に、ラダー状の背もたれ、ベルト状のアームが特徴的で、木製のフレームにクッションが2つ乗ったようなデザインのNo.133という椅子も発表された。
ラウンジチェアNo.152-BWANA
1962 フランス&サン社
チーク+革張り
アフリカのジンバブエの地名が名前となっている椅子。座面の両端が立ち上がっているタイプで、背の最頂部アームクッションが密着されている。前脚には特徴的なグリップがついている。
アームチェアNo.209
1963 フランス&サン社〜カド社
ローズウッド+革張り
外交官のための空間として、書斎のデスク、収納棚とセットでデザインされたもので、在日デンマーク大使館でも長く使われた。フィン・ユールらしい丸みのある削り出しのアームは、ローズウッドの美しい木目が強調される。直角に組まれたシンプルで質実な印象も受ける。
フィン・ユールの椅子は、シートが浮いているように見えるなどの常套手段と言えるようなものは見られますが、いつも自由で美しい造形を生み出しているように感じられます。また、職人の技術によって実現されたものと言えるそれらは、時間を超えて尚、人々に愛されるようになっています。
参考文献
『美しい椅子―北欧4人の名匠のデザイン』えい文庫
『流れがわかる! デンマーク家具のデザイン史: なぜ北欧のデンマークから数々の名作が生まれたのか』誠文堂新光社
『ストーリーのある50の名作椅子案内』スペースシャワーネットワーク