家具・インテリアにおいて考えたい心理的な距離感 パーソナルスペースについて
以前の記事:ダイニング空間の計画 で記したように、ダイニングテーブルの大きさを考える際にも心理的距離感について考慮する必要があります。
今回は、心理的距離感についてもう少し掘り下げてみていきます。
パーソナルスペースとは
以前の記事で触れたパーソナルスペース。
環境心理学者ロバート・ソマーによって「人間の体をとりまく見えない境界をもった、他人に侵食されたくない領域」と定義され、建築やインテリアデザインの観点からも注目されてきた理論の一つです。
また、テリトリーと混同されることがありますが、これらは別の考え方です。パーソナルスペースは人間の移動と共に動く領域ですが、テリトリーはその場から人間が動いてもその場所に留まって存在する領域です。一般的に、テリトリーは「なわばり」と訳され、個人や集団の独占的利用権に基づいて領有される場所のことを示し、そこには所有を明示する目印が存在します。
パーソナルスペースの考え方には3つの特徴があります。
一つ目は、パーソナルスペースの大きさや形が、性別、民族、年齢、パーソナリティ、心的・身体的障害などの個人要因のほか、相手の体の向きや視線・表情、面接の目的や雰囲気などの場面によっても異なるという点。具体的な例としては、挨拶でハグやキスを行う文化圏においてのパーソナルスペースと、そのような文化を持たない日本人のパーソナルスペースの大きさの違いが挙げられます。
二つ目は、パーソナルスペースが他人との間に成立するその時々の「対人距離」を問題にしているということ。近くに他者がいない状態では存在しないスペースであるため、持ち運びする領域という意味合いから「ポータブルテリトリー」と呼ばれることもあります。
これらの点において、その後の研究で、パーソナルスペースに影響する要因について検討が重ねられています。男性よりも女性のパーソナルスペースの方が大きいこと、相手が背を向けて接近する場合は正面向きの接近よりも、パーソナルスペースは小さくなることなど、研究を通して様々に分析されています。
パーソナルスペースと距離感
人は、周囲の人々と保ちたい距離であるパーソナルスペースを持ちながらも、会話などを通してコミュニケーションをとりたいという欲求も抱えています。
文化人類学者エドワード・T・ホールは、対人距離をコミュニケーションの質の違いとして、以下の4つの距離帯に分類しています。なお、それぞれが近接相と遠方相からなるため、合計すると8つの距離帯となります。
この時の結果は、アメリカの北東沿岸生まれの成人男女を対象にしたものです。対人距離は地域によっても異なりますが、今日でもさまざまな分野で参考にされています。
・密接距離
夫婦や恋人のように非常に密接な関係の人間同士の距離。
近接層(0〜15cm):愛撫、慰め、保護、格闘の距離。極めて親密な関係か猛烈な抗議・格闘の関係
遠方層(15〜45cm):手で相手の手に触れることができたり、ささやきかけが行われる距離。非常に仲の良い友人同士の関係。
・個体距離
友人などの親しい人間同士の距離。
近接層(45〜75cm):相手を抱いたり捕まえたりできる距離。良き友人同士の関係。
遠方層(75〜120cm):これを超えると手を触れることのできなくなる距離。友人・知人同士の会話の距離。
・社会距離
個人的な関係のない人間同士の距離。
近接層(120〜210cm):知らない人同士の会話、一緒に働く人々の仕事上のやりとりが行われる距離。
遠方層(210〜310cm):社交上の会話。机越しに訪問者と会話するなど形式的な仕事のやりとりが行われる距離。
・公衆距離
関わりの範囲外にいて、一方的な伝達に使われる距離。
近接層(370〜760cm):複数の聴衆に対して語りかけたりする距離。語りかけの口調も公式的で全体的になる。
遠方層(760cm〜):重要人物の周りにできる隔たりの距離。普通の会話は成立しないので声を大きくしたり身振りが使われる。
パーソナルスペースと配置
また、正面に向かい合うよりも、隣同士で座って話した方が、落ち着くなどの例のように、相手との向き合い方も、コミュニケーションの質と関係しています。精神科医のハンスリー・オズモンドは、人間同士のコミュニケーションにおいて、空間の配置を2つに分類することができると分析しました。
・ソシオペタル(sociopetal 社会求心)配置
互いに向き合うような配置。空間には人間同士の交流を活発にする。
・ソシオフーガル(sosciofugal 社会遠心)配置
互いにそっぽを向くような配置。人間同士の交流を妨げる。
もともとは座席配置に限らず、空間全体の性質を表す用語として使用されていましたが、その後の研究のほとんどが、座席配置の特性を強調するものとなっています。これらは、どちらが良いとか悪いとかいう問題ではなく、プライバシーとコミュニケーションをコントロールするための手段として理解すべきだと考えられています。
西出和彦氏の研究では、住宅のLD空間での人々のいる場所や距離において、
家族の親密な団欒などは直径1.5mの輪の中で、大人数でのくつろいだ団欒などは、直径3mの範囲に輪の中で行われる傾向にあると分析されました。また、食事の準備や、来客への挨拶などは、1.5mの輪の外側にいながら、3mの輪に入ったところで参加することがあるという結果を得ています。
一方、人間の周りに分布する「これ」「それ」「あれ」で指し示される領域についての調査では、「これ」という自我領域と、「それ」という他者を意識した領域の広がりをスケールとして読み取ると、1.5mの輪が「これ」領域とほぼ同じ大きさであり、3mの輪が「それ」領域とほぼ重なる結果を得ています。自我と他の認識が、実際に行われるコミュニケーションの距離感と対応しています。
これらを踏まえて、次の記事では、パーソナルスペースを考慮した配置について考えていきます。
参考文献
『新装インテリアの人間工学』監修 小原二郎, 著 渡辺秀俊, 岩澤昭彦, ガイアブックス