今さら聞けないエーロ・サーリネン。凛としたチューリップチェアの生みの親
皆さんはチューリップチェアをご存じでしょうか?それはまるでチューリップの花びらのように、可憐で凛とした佇まいの椅子です。部屋にあるだけで上品な空間を生み出し、その場をパッと明るくします。
そんな名作をデザインしたのがエーロ・サーリネンです。
彼は建築家としても大きな功績を残しました。建築家である彼の父からの影響も大きく、今もなお世界には、エーロ・サーリネンの作品が現存しています。
そんなエーロ・サーリネンの作品の魅力や彼が歩んできた人生について辿ってみましょう。
エーロ・サーリネンの作品は家具から邸宅まで多様
建築家の父と染色作家の母の間に生まれたエーロ・サーリネンは、父の影響もあって建築家兼家具のデザイナーとして活躍しました。
彼はイームズチェアでたちまちヒットしたチャールズ&レイイームズとも交友関係があり、共同制作したのが、オーガニックチェアです。
このオーガニックチェアをデザインした経験も踏まえて、日々地道な研究を重ねた結果チューリップチェアが誕生しました。この椅子は品のあるデザインが特徴で、一見プラスチックのみで作られているように見えますが、熟考の末選ばれた複数の素材を組み合わせて作られているのです。
建築家としての彼の活躍は、チャールズ&レイイームズと共同で設計したエンテンザ邸(ケース・スタディ・ハウスNo.9)や、MITチャペル、TWAターミナルなど実に多種多様な建築物のデザインに携わっています。
各種コンクールの最優秀賞を立て続けに受賞したエーロ・サーリネン
1910年、エーロ・サーリネンは、フィンランドの建築家である父、エリエル・サーリネンと染色作家である母、ロハ・サーリネンの間に生まれました。芸術家の両親のもとで育ったのです。
しかし彼が13歳の時に彼の父が教職に就くため、アメリカで暮らすようになりました。そこでは後のエーロ・サーリネンの人生に大きな影響を及ぼす、素晴らしい出会いが待ち受けていることを、当時の彼は知りもしなかったでしょう。
それは父の教え子であるチャールズ&レイイームズと出会い、仲良くなったことです。彼はその後も周囲からの影響もあり、デザイン分野で興味関心を広げていきました。
1929年には彼はパリで彫刻を学ぶために留学をし、イェール大学で建築を学んだのです。
そして1937年に彼は父と共同で建築設計事務所を設立しました。ここで数々の作品が続々と生み出されたのです。
その後1940年には彼とチャールズ&レイイームズが出会ったからこそ経験できた、華々しい活躍をみせました。
なんとエーロ・サーリネンとチャールズ&レイイームズは共同で椅子の設計をし、それがニューヨーク近代美術館主催のオーガニックデザインコンテストで金賞を受賞したのです。ここで二人の名前は一躍注目を浴びることになります。
その賞から8年経った1948年には、エーロ・サーリネンはセントルイスのゲートウェイ・アーチのコンクールで最優秀賞を受賞しました。
こんなにも輝かしい賞をいくつも立て続けに受賞した彼は、デザイン業界だけでなく世界中の人々にまでその名が広まったのです。
そんな彼のもとに大きな仕事の依頼が飛んできました。それはペンシルベニア大学、イェール大学、Ezra Stiles & Morse大学、MITなどの設計の委託です。
しかし1950年7月、悲しい出来事が起こってしまいました。それは彼の父の死です。
これまで彼は父から建築のあらゆることを学んでたくさんのものを得てきました。
寂しさで胸がいっぱいになりながらも、父と共同で使っていた事務所の名前を『エーロ・サーリネン&アソシエイツ』に変更しました。
「アソシエイツ」とは「仲間」という意味です。彼一人の建築事務所になってしまっても、事務所の名前に父の面影を残したのです。
父が亡くなってしまっても、彼の活躍はとどまることはありませんでした。1957年には彼はシドニーオペラハウスのコンペ審査員を務めあげ、ヨーン・ウッツォンのデザインを採用しました。
そして1960年にロンドンの米国大使館とオスロの米国大使館を設計するという偉大なプロジェクトにも参加したのです。
彼は51歳という若さでこの世を去ってしまいましたが、彼のデザインをケヴィン・ローチが引き継ぐといった形で完成されました。
今もなお彼の魂は彼の作品の中で眠っていることでしょう。
チューリップチェアに込められたデザイン思想
エーロ・サーリネンはチューリップチェアというチューリップの花びらのような可愛らしい背もたれと、チューリップの茎のようにシンプルな1本脚が特徴の椅子をデザインしました。
彼は椅子のデザインについて次のように述べています。
「椅子やテーブルの脚の部分が、乱雑で落ち着かないインテリアを生み出すことはよくあります。私は乱立する脚をなくしたいと思いました。一体性のある椅子をつくりたい、と思ったのです」
チューリップチェアを手掛ける前、彼はチャールズ&レイイームズとともにオーガニックチェアを共同制作しました。そういった経験も踏まえ「一体性のある椅子をつくりたい」と思うようになったのでしょう。
そして彼は建築に対して次のように考えています。
「建築の目的は、地上における人の生活を守り、よりよいものにすることであり、人間存在の気高さに対する信念に叶うものをつくることです」
彼はモノづくりをする上で、実に確固たる信念をもって取り組んでいたことが分かります。
イームズ夫妻と共同制作したオーガニックチェアが転機
エーロ・サーリネンはチャールズ&レイイームズと共同制作した椅子であるオーガニックチェアを発表しました。そのきっかけはニューヨーク近代美術館主催の「住宅家具のオーガニックデザイン」のコンテストです。
オーガニックチェアは彫刻のようなデザインで目新しかったため注目を浴びましたが、当時はこのフォルムを量産する技術が追いついていませんでした。
しかしもう少し時が経って家具の生産技術が進歩すると、エーロ・サーリネンは当時の最新技術がつまった椅子を発表し、アメリカの家具メーカーのKnollから販売されました。それは背もたれと座面が一体成型のチューリップチェアです。
一方でチャールズ&レイイームズも新素材を使用したイームズチェアを生み出し、世間を驚かせました。
このようにオーガニックチェアはその後の二人の家具制作にとって多大なる影響を与えたのです。まさに二人のブレイクスルーのきっかけはオーガニックチェアにあるといっても過言ではないでしょう。
エーロ・サーリネンの代表作2つ
エーロ・サーリネンはチューリップチェアなどの偉大な作品を残したことでも有名ですが、実は他にも魅力的な傑作はいくつもあります。
それも家具だけにとどまらず、様々なジャンルの建築物など多岐に渡ります。そんな中でも今回は、彼の渾身の一作ともいえる作品をご紹介しましょう。
ウームチェア
エーロ・サーリネンは家具メーカーの創業者の妻であり、ビジネスパートナーでもあったフローレンス・ノルから、「たくさんのクッションの中で身体を丸めながら過ごせるバスケットのようなチェア」が欲しいというリクエストを受けました。
そして極上の座り心地を追求した結果、やわらかそうな曲線を描くフォルムが特徴的なウームチェアが完成しました。
「ウーム」とは「子宮」のことで、その名前のとおり椅子に座ると子宮の中であたたかく包み込まれているような安心感があります。やすらぎのある空間をもデザインした椅子なので、自由な態勢で寛ぐことができ、モダンでミッドセンチュリーを代表する作品です。
MITチャペル
アメリカ合衆国のケンブリッジにある名門大学、マサチューセッツ工科大学の構内に、思わず息を呑んでしまうほど幻想的なチャペルがあります。それがMITチャペルです。
礼拝堂は厳かで静かな空間ですが、正面にはまるで天窓から光が入ってきたかのような美しい輝きを放つ柱があります。
なぜそのような波を打つようにキラキラとした光の柱を演出することができるのでしょうか。それは金属製の彫刻板に凹凸をつけることで、天窓から入る光でキラキラきらめいているように見せる構造になっているからです。
実に巧みな技術と緻密な設計により生み出された空間といえるでしょう。
このチャペルは礼拝堂としてはコンパクトですが、イベントが行われていない日であれば見学可能です。このチャペルを一目見ようと世界中から多くの建築家や旅人たちが訪れています。
TWAターミナルオープン前に旅立ったエーロ・サーリネン
アメリカのジョン・F・ケネディ国際空港にあるTWAターミナルはエーロ・サーリネンが設計しました。
上空から見ると鳥が翼を広げたかのような雄大さが特徴で、コンクリート造の大きくなだらかな曲線が美しいシェル構造です。まさに未来に想いを馳せた近代的なターミナルで、空の旅をする乗客たちを迎え入れていた光景が目に浮かびます。
しかし無念なことに、彼はターミナルを設計した後に脳腫瘍で亡くなってしまいました。
TWAターミナルは彼の死後の1962年にオープンしたのです。きっと彼は空の上からターミナルの開業を見届けて、やわらかく微笑んだことでしょう。
その後、航空機の進化によりTWAターミナルは対応しきれず、2001年にターミナルは閉鎖されてしまいました。しかし、2005年にLubrano Ciavarra Architectsの設計により復活し「TWA Hotel」としてオープンしたのです。
まとめ
今回はエーロ・サーリネンが辿ってきた人生や、名作の数々について詳しくみてきました。
偉大な作品作りの背景には、彼は常にゆるぎない情熱をもっていて、彼の血のにじむ努力や苦労も経験して制作活動をしていたのだと分かりました。
彼は独自の美意識と芸術感覚を持ってデザイン作りをしていて、それが今もなお世界中の人を虜にしています。彼の作品がそこまで人々を魅了しているのは、あくまで機能性は保証した上で、彼にしかないオリジナルな美的センスと遊び心で作られたからでしょう。
【参考URL】
・エーロ・サーリネンが設計した「TWAフライトセンター」 JFK国際空港の「TWA Hotel」として復活
https://www.axismag.jp/posts/2019/05/129531.html
・エーロ・サーリネン設計「TWAターミナル」を訪れて
https://kaneko-archi.com/2012/09/12/twa/
・閉鎖された「未来の空港ターミナル」TWAフライトセンターに潜入
https://wired.jp/2015/10/04/twa-flight-center/
・[ノール Knoll][エーロ・サーリネン Eero Saarinen (1910-1961)]チューリップ アームチェア
https://rocca.shop/vintage/42950
・Saarinen Collection Womb Chair
https://flymee.jp/product/102042/
・Saarinen Collection Womb Chair and Ottoman
https://www.knolljapan.com/knoll-studio/by-category/lounge-seating/womb-chair-and-ottoman.html
・Organic Chair / オーガニック チェア
https://www.vitra.com/ja-jp/product/organic-chair
・サーリネンコレクション チューリップアームチェア ホワイト
・エリエル&エーロ・サーリネン父子が残した、建築とデザインをめぐる言葉
https://www.houzz.jp/ideabooks/70754087/list
・エーロ・サーリネン Wikipedia
・エーロ・サーリネン
https://www.beautiful-furniture.net/designer/eero-saarinen.html
・建築家 エーロ・サーリネンを知ろう! MITチャペル/TWAターミナルなど