トーネットだけじゃない、カフェにある椅子の歴史
友人との待ち合わせ場所、読書や勉強をしたり、おしゃべりをしたりと、それぞれの時間を過ごす人が集うカフェ。カフェチェアといえば、トーネットのNo.14の曲木椅子です。WELLのYoutubeでも配信している、新しい技術を用いた美しい有名な椅子ですが、トーネット以外にもカフェに使われている椅子の歴史を紹介します。
ロース・カフェ・ルゼウム
1898年 アドルフ・ロース
椅子の名前からわかるように、「カフェ・ルゼウム」のためにデザインされたものです。1899年、ウィーンにオープンし、ロースが29歳のときに設計したカフェです。
漆喰によって真っ白に塗られたアーチ型の天井と、その天井から吊り下げられた裸電球と壁際のガス灯から放たれる光とが織りなす、当時としてはシンプルなやわらかい空間で、画家のグスタフ・クリムトや建築家のオットー・ワーグナーらが、美しい一筆書きのような輪郭を描く椅子に腰掛け、くつろいだといいます。
このフォルムや製法は、トーネットの曲木の椅子” No.14” からの影響がありつつも、より洗練された印象があります。
ロースは確信というものに対して嫌悪感を示していたと言われていますが、ロース・カフェ・ルゼウムは、No.14がもたらした革新性をさらに進歩させた一脚といえます。
Aチェア
1934年 グザビエ・ポシャール
映画『アメリ』の中で、主人公のアメリがウェイトレスしているカフェの舞台となった「カフェ・ドゥ・ムーラン」でも実際に使用されています。
スチールに亜鉛メッキを施しているので、雨や風にさらされる屋外のスペースに向いており、カラフルで鮮やかな色が街ゆく人の目を惹きつけます。さらに、スチールをシート状に整形していることで軽く、重ねて積み上げることができるという利点もあります。
Aチェアの最初の納品先は温泉施設だったといいます。1950年代に、あるビールメーカーが運営するカフェの屋外用の椅子に採用され、認知度が上がったこともあり、年間に6万脚も製造するほどの人気となりました。
しかし、その後は安価なプラスチック製の椅子が登場し、次第に売れ行きは落ち、ついに生産中止に追い込まれてしまいました。
ネイビーチェア
1944年 不詳
アメリカのテレビドラマ『セックス・アンド・ザ・シティー』で、主人公の美女たちが集まるカフェで使われていた椅子が ”ネイビーチェア” です。
現代では、ホテルやレストラン、オフィスなど、華やかなシーンに登場しますが、もともとは戦時中に潜水艦で使用するために作られたものです。
1944年、アメリカ・ペンシルベニアの田舎町に設立されたエメコ社は、アメリカ海軍の要請を受け、潜水艦で使用するための椅子の製造を始めます。
海中という過酷な環境では、①頑丈で耐久性に優れること、②塩水に強いことが重要です。重量に制限のある潜水艦の中では、③軽いことも要求されるはずです。また、ハッチから出し入れしやすくするために、一般的なダイニングチェアよりも細身な幅390mmに設計されました。
以上のような理由から、素材には軽量で錆びにくい、鉄の約3倍の強度を誇るアルミニウムが選ばれました。
溶かしたアルミニウムを型に流し込んで成形しているように見えますが、実際は、多くのパーツを自社で製造し、熟練工の手により組み立てられます。脚と貫の接合部などに見られる溶接の後が何よりの証です。最後にアルマイト(陽極酸化処理)を行うことで耐久性を高め、完成までの工程は77にも及びます。
また、環境に配慮している椅子でもあります。発売を開始した当初から、ネイビーチェアには、リサイクルされたアルミニウムが約80〜85%使われています。2010年には、コカ・コーラ社との取り組みにより、ペットボトルを再利用したプラスチック製のバージョンを発売し、家具業界においてエコに対する先進性と、鮮やかなカラーリングが話題になりました。
いつも行っているカフェの椅子を調べてみると、意外な歴史があるかもしれませんね。
参考文献
萩原 健太郎 『ストーリーのある50の名作椅子案内 (SPACE SHOWER BOOKs) 』トゥーヴァージンズ(2017)
《トーネットについての記事》
トーネットとバウハウス スチールパイプとカンチレバー構造の椅子