トーネットとバウハウス スチールパイプとカンチレバー構造の椅子

トーネットとバウハウス スチールパイプとカンチレバー構造の椅子

曲木の技術の開発と、それを活用した椅子が代名詞となったトーネットですが、マルト・スタムやミース・ファン・デル・ローエ、マルセル・ブロイヤーなどのバウハウスに関係するデザイナーと共に、スチールパイプを用いた椅子の開発も活発に行っています。

 

バウハウスについて

第一次世界大戦後の1919年に誕生した国立のデザイン学校、バウハウス(バウハウスについての以前の記事:椅子の歴史④)。わずかナチスからの弾圧によって閉校を強いられたため、わずか14年の期間でしたが、芸術と技術や生産性の統合を掲げて、教育活動が行われました。

バウハウスのトーネットとの共通点は、機能的で美しく品質が良いものを合理的に生産することで、良いものを多くの人に届ける、という考え方です。曲木で大きな功績を誇ったトーネットは、バウハウスのその理念を持つデザイナーとともに、当時注目されていた新素材スチールパイプを使い、新しい椅子を生み出しました。

硬いスチールパイプを曲げて生み出す椅子は、シンプルながらも合理的な構造で、快適な座り心地と軽快なデザインが可能となりました。

   

曲げ加工を施したスチールパイプの椅子

1925年、バウハウス1期生であるマルセルブロイヤーのワシリーチェア(以前の記事にも記しています:椅子のデザイン①)は、スチールパイプを用いた最初の椅子として有名です。アドラー社製自転車の美しいスチールハンドルがインスピレーション源となっており、当時一般的であった4本脚の椅子の常識を覆しました。技術に関して、トーネットの曲木技術を参考にしたともいわれています。

  

カンチレバー構造へ

その後、スチールパイプを用いた椅子は、その素材の優れた弾性を活かしカンチレバー構造へと発展していきます。カンチレバーの椅子というのは、前脚2本のみで支える構造のものです。

バウハウスの関係者が開発したカンチレバー構造の椅子は、ガスパイプチェア(1926)、S33(1927)、MRチェア(1927)、チェスカチェア(1928)の流れで移り変わったとされています。 

 

ガスパイプチェア

マルト・スタム

1926年

 

ストレートのガス管を金属製のジョイントで繋いだ試作品。軽量のスチールパイプによるカンチレバー構造椅子としては最初に形になった椅子とされ、トラクター座席などが参考されたといわれている。

ミース・ファン・デル・ローエがドイツ工作連盟に依頼され、全体計画を行い、ドイツを中心とした17人の建築家によって設計された、1927年のシュツットガルト近郊ヴァイセンホーフ地区のジードルンク(集合住宅)。マルト・スタムも参加しており、自身の設計の中にこのガスパイプチェアを置いた。そのためマルセル・ブロイヤーとは後に、カンチレバー構造の椅子デザインについて裁判で争われる事態となった。1962年には、スタムの著作権と認められている。

  

  

S33

マルト・スタム

1927年

 

別の記事:椅子のデザイン③にてご紹介しています。

 

 

MRチェア

ミース・ファン・デル・ローエ

1927年

 

ミースの代表的な仕事の一つに、ガスパイプチェアの項目にも記した、1927年のシュツットガルト近郊ヴァイセンホーフ地区のジードルンク(集合住宅)の全体計画が挙げられるが、そこに置く椅子として発表したのが、MRチェア。

フレームに使用されるスチールパイプは継ぎ目なく繋がり、ラインが優美に表現される。前側の座から飛び出すようなカーブは、座った時の衝撃を吸収する効果があり適度な弾性が生まれており、機能面も考慮されている。

マルトスタムが1926年に発案したスチールパイプ製カンチレバー構造の椅子は、準備中のヴァイセンホーフ・ジードルンクでミースに試作品かスケッチを見せたといわれているため、それを糸口にデザインしたと考えられる。

  

 

S32(チェスカチェア)

1928年

マルセル・ブロイヤー

 

ワシリーチェアを製作してから3年後、バウハウスの教官時代にデザインし、当初はトーネット社が製作している。パイプをボルト固定しているワシリーチェアに対して、チェスカチェアは1本のパイプを曲げたカンチレバー構造となっている。前脚2本によるカンチレバータイプは、強度と弾力性を向上させている。また、黒く塗装した木製のフレームと肘掛け、背と座の籐編みなどによって、温かみを持たせている。

ブロイヤーの娘(養女)フランチェスカの名が由来となり、名付けられた。 

 

 

このように、1926年発表のスタムの椅子、27年のミースのMRチェア、28年のブロイヤーのチェスカチェアと、カンチレバーの椅子が短期間に進化しています。また、ミースは1929〜30年に平型スチール(フラットバースチール)を用いたカンチレバーの椅子、ブルノチェアを手がけています。平型スチールは木製成形合板と同じような形状であるため、のちにアアルトがデザインする木製カンチレバーの椅子に影響を与えたと考えられています。 この頃のドイツ(バウハウス関係者)はデザイナーや作り手たちが刺激しあっており、そうしてできたものは、さらに素材を変えながら広がって影響を与えていったのです。

 

 

参考文献

『歴史の流れがひと目でわかる 年表・系統図付き 新版名作椅子の由来図典』西川栄明, 誠文堂新光社

 

【youtube】

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トーネットをテーマにした回です。よろしければぜひご覧ください。 

 

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