インダストリアルデザイナーの先駆けペーター・ベーレンスなど、
ドイツ工作連盟の実践者とその作品

前回はドイツ工作連盟に至るまでをおおまかに捉えました(前記事:ドイツ工作連盟とその起こり)。

19世紀末から20世紀初頭にかけて、アール・ヌーボーのような動きがドイツでも見られ、ユーゲント・シュティールと呼ばれています。ドイツのユーゲント・シュティールは、少し力強さがありどことなくフランスのそれとは異なるニュアンスも見受けられます(アールヌーボーを含む歴史に関する記事:椅子の歴史③)。

ドイツ工作連盟のメンバーは、ユーゲント・シュティールの動植物をモチーフとした自然的なフォルムを、さらに高潔に、実用的にしようという思考を共有し、取り組んでいきます。

 

ドイツ工作連盟を象徴するペーター・ベーレンス

20世紀初頭、工業製品や産業製品の良質化を目指した実践として、特に代表的と言えるのはペーター・ベーレンスの行いです。デュッセルドルフ工芸学校の校長を務めていたベーレンスは、1907年にドイツの電機メーカーAEGの依頼を受け、AEGのプロダクトやグラフィック、建築家として工場の設計などを広く手掛けます。やがて芸術コンサルタントの役割を担うようになり、現在のAEGのHPにも、芸術コンサルタントとしてのベーレンスの名言が載せられています。

 

AEGのプロダクト

1907年〜

 

電気暖房器具、扇風機、時計、湯沸かし器など、生活周りの道具デザインを行ったため、インダストリアルデザイナーの先駆けと言われています。これらをより洗練したデザインにしていくことで、社会的に芸術意識を高めることを目的としました。

ウィリアムモリスのアーツアンドクラフツ運動(別記事:ウィリアムモリスらによるアーツアンドクラフツ運動とインテリア)は、手工業品の活性化とともに、芸術作品とも言える手作業による作品を生活者に浸透させることで、芸術意識を高める目的も持っていましたが、ドイツ工作連盟は時代や技術の進化を受け入れながら、工業製品を用いて、生活者の意識を改革しようとしたといえます。

 

タービン工場の増築

1910年
ペーター・ベーレンス

 

AEGのタービン工場は、ペーター・ベーレンスの最も有名な建築と言えます。コンクリート、スチール、ガラスなど、当時の新しい素材や技術を積極的に活用しながら、古典主義的な佇まいです。

当時の工場はレンガや石造りが中心でしたが、鉄骨とガラスを用いて光が取り込まれた明るい工場は、労働環境の改善につながりました。

ベーレンスがベルリンに構えた建築設計事務所には、のちの近代建築4大巨匠となるヴァルター・グロピウスミース・ファン・デル・ローエル・コルビュジエなども身を置いたことからも、次世代の建築の世界の流れを作った人物だと言えます。

 

 

その他代表的な建築物

ファグス靴工場

1911年〜1913年
ヴァルター・グロピウス

 

ヴァルター・グロピウスアドルフ・マイヤーが、師匠であるベーレンスのAEGタービン工場の影響を大きく受けながら設計した、ファグス靴工場。タービン工場と同じく新素材を用いているものの、タービン工場は重厚な印象がとても強く感じられるのに対し、ファグス工場は軽快な作りとなっています。

初期モダニズムを代表する建築物として、2011年に世界遺産に登録されています。

 

ガラスパビリオン

1914年
ブルーノ・タウト

 

1914年、第一回ケルン工作連盟展では、ベーレンスやグロピウスの工場や建築、プロダクトなどが出品されました。また、コンクリートと多くの種類のガラスを用いた、ブルーノ・タウトガラスパビリオンも注目を集めました。

壁面はガラスブロック、ドーム部分は現在でも難しいとされる多面体のガラスによって構成されており、室内インテリアも鮮やかなカラーガラスなど様々なガラス素材が用いられました。ガラスを装飾的に扱うだけではなく、その美しさを活かしながら建築素材として使用するなど、人々にガラスの可能性を知らせています。またプリズムガラスを多用した演出などから表現主義の代表格とされています。

 

 

ドイツ工作連盟に属したデザイナーや建築家は、機械生産など新しい方法を否定することなく、様々に活動することで、デザインや芸術を通して社会的な嗜好をよりよく昇華させていきました。

 

 

参考文献
『歴史の流れがひと目でわかる 年表・系統図付き 新版名作椅子の由来図典』西川栄明, 誠文堂新光社
『バウハウスー歴史と理念<記念版>』利光功, マイブックサービス
『ウィリアムモリスとアーツ&クラフツ』藤田治彦, 東京美術