トーネットの曲木技術とその特徴
前回の記事で、ミヒャエル・トーネットについて紹介しました。
今記事では、トーネットの曲木技術と共に、その特徴をみていきます。
トーネットの曲木技術
トーネットは2つの曲木技術を編み出しています。
1つは、後にその技術を用いて、様々なデザイナーが様々に名作椅子を生み出すこととなる、成形合板の技術。
2つ目は、No.14に代表されるトーネットの曲木椅子で注目される、無垢材の厚い木材を曲げる技術です。
曲げ合板の製法
厚さ2〜4mm程のブナの薄皮(ビーチの板)を、膠(牛の皮や骨から取った接着剤)を溶いた湯で煮て、柔らかくなったそれを数枚まとめて治具に挟んで曲げて、乾燥させる方法。
膠が染み込んだ数枚の板は、乾燥後にはしっかり接着するため、曲げ加工と木材の接着が一度にできる効率的な方法です。この技術によって、作業の効率化とともに、デザイン面でも今までできなかったようなラインが表現が可能になりました。1841年には、この製法をオーストリア、フランス、イギリスなどに特許申請しています。
厚めの無垢材を曲げる製法
木材を高温で蒸して柔らかくしてから、鉄製の治具にはめ込んで固定し乾燥させる方法。
一般的な方法で木材を曲げると、弧を描いた外側部分には引っ張りの力が働いて木の繊維がちぎれてしまい、内側は圧縮応力によって繊維がたわんでしまいます。そこで、鉄板と治具を組み合わせて木を曲げる方法をとります。蒸して柔らかくした木材の外側に鉄板を当て、鉄板のさらに外側にある雌治具から鉄板の方へ圧力をかけ、鉄板と木材を内側の治具の型に沿わせていきます。それによって、曲げの中心軸は外側(引っ張り側)に移行し、応力を内側に集めることで木材を破損することなく曲げることができるのです。
トーネットの曲木椅子の特徴
上記の曲木技術を活用した椅子ですが、4つの特徴があります。
軽量
少ない部材でシンプルに仕上げられているため、軽いことが特徴的です。例として、トーネットの曲木椅子で代表的なNo.14(別記事:No.14について)は、後脚から背に繋がる大きなU字形、その内側に入る小さなU字形、座枠、(初期のタイプにはないが)リング状の貫、前脚2本の、合計6つの部材と、10本のボルトで構成されています。最小限の部材を鉄製のボルトを活用しながら組み立てることで、軽量化を実現しています。
丈夫
一本を曲げ、形作っている曲木椅子。切り出した木材を組むのとは異なり、繊維が切れていないため、細いパーツでも強度を持ちます。
また、パーツを自身で組み立てるノックダウン方式のトーネットの椅子は、修理をして長く使い続けられるという面でも重宝されます。一部が壊れてしまった時には傷んだパーツのみを取り替えたり、ガタつきが気になる場合にはボルトを締めるなど、使用者が自身での修理が可能なため、安価ながらも安心して使用できます。
WELLショールームと同じ建物内、ith新宿アトリエにて使用しているトーネットの曲木椅子固定のボルトが数多く見受けられる。
デザイン
曲木技術の開発によって、削り出す方法ではできなかったフォルムが可能になりました。アールの組み合わせによって、美しい形が様々に生み出されます。
この時代まで主流だった上流階級向けの重厚で装飾的な様式家具に代わって(当時の家具様式について:椅子の歴史③)、トーネットのシンプルで機能的ながらも優雅なデザインは、多くの人々に受け入れられました。現在も愛される、普遍的なデザインです。
また、曲木による体に沿った背のラインは、機能面の向上の役割も果たしました。
ith新宿にて使用している、ヤコブ&ヨゼフ・コーンの曲木椅子( トーネットの曲木技術の特許が切れ、様々にライバル会社が現れるがその中でも技術・デザイン面でもレベルが高く大手であったヤコブ&ヨゼフ・コーン社。のちにムンドス社と合併、さらにその後トーネット社とも合併。)軽快ながらも優雅な曲線が美しい。
また、トーネットの曲木椅子は、基本構造は同じで、背もたれ部分のデザインだけ異なるというようなタイプが何千種類もあります。共通に使える部材も多く、部材の汎用性が高いことも利点に挙げられます。
低価格
無垢材を曲げる技術によって量産が可能になりましたが、これは価格の安定にも繋がります。使用する材は、木質繊維が長く、曲木に適したビーチ(ブナ)が主です。ビーチ材は価格が比較的安いため、コストを抑える一つの要因にもなります。
また、輸送コストの削減も実現されました。ノックダウン方式であるため、1㎥の箱の中に、36脚分のNo.14の部材が収納できるほどコンパクトに梱包することができるといいます。ボルトで簡単に組み立てることができるため、使用する場所(販売拠点)へ運んだ後、現地で椅子に組み立てられていました。
工場での椅子作りにおいて、トーネットは、作業を単純化して工程を細かく分けた分業体制を敷いていました。初心者でも扱えるような加工機械の開発も行ない、木工経験のない工場周辺の地元民を安い賃金で雇うことができたのです。
トーネットの経営
トーネットは曲木技術の開発だけでなく、経営の面でも力を発揮します。
人材の活用
ミヒャエル・トーネット夫妻の14人の子供達のうち、5人の息子が父の仕事を手伝っていました(近年のドイツトーネット社は、ミヒャエル・トーネットの五男ヤコブの玄孫たちにより、運営されています)。長男は経営、次男は生産管理、三男はデザインなど、兄弟がそれぞれの担当業務で力を発揮し、規模を拡大していきました。特に、三男のアウグストは、デザインセンスと技術的な知識を持っており、2000種類以上の商品開発を行なったと言われています。
販売体制
ノックダウン方式の家具製作と販売を行うにあたって、各消費地に拠点となる販売店を置くことにしました。その販売店で、部材を組み立て製品化し顧客へ納品していく方法は、効率性を高めました。
販促活動
販売促進面では、博覧会や見本市への出典を積極的に行うとともに、デザイン性の高いポスターの制作や各国語版の商品カタログを作り有料で配布しています。
カタログやポスターによる販促活動は、その後の家具メーカーの事業展開の参考になる経営戦略となっていきます。
トーネットが椅子の歴史の上で大きな功績となったのは、曲木という技術に酔える製作です。それによってそれまで一部の上流階級しか使うことのなかった椅子が、量産されるようになりました。さらに、デザインの面でも重厚なデザインが一掃され、金属の曲げ加工の椅子へと繋がっていくことになります。
加えて、当時としては先進的なマーケティング活動や販促を展開するなど、企業経営の形態も重要なポイントです。
参考文献
『歴史の流れがひと目でわかる 年表・系統図付き 新版名作椅子の由来図典』西川栄明, 誠文堂新光社
『THONET classic furniture in bent wood and tubular steel』Alexander von Vegesack, St.Martin's Press
【youtube】
豊かな暮らしに関して様々にお話しする、YouTubeの配信を行っています。
トーネットをテーマにした回です。よろしければぜひご覧ください。