WELL life style #07 大谷製陶所 大谷哲也さん 3.大切にする今とこれから
性別、年齢、国籍を問わず、現代に暮らす人々が共通して抱いているのは、豊かな生活を送りたいという願望だと思います。ただ、その豊かさは人それぞれ感じ方や求めている事が異なる事も事実です。
100人居たら100通りの生活があります。私達から見て豊かな生活を送っていると感じている人達へのインタビューを通して、豊かな暮らしを送るためのヒントを探っていきます。
滋賀県信楽町に同じく陶芸家の奥様:桃子さんと共に自宅・工房を構え暮らす、大谷哲也さん。現在は大谷製陶所としてお弟子さんを迎え、皆さんでものづくりを行います。
体に染み込むまで手を動かすという皆さんの姿、暮らしと密接に繋がったものづくりの現場を伺いました。
大切な暮らし
ーー大谷さんの暮らしは、仕事ととても近いもしくは一体と言えると思います。その良さや、逆に難しく感じるところ、気を付けているところなどはありますか?
暮らしは僕にとって、とても大切なものです。
作品を作ること(=仕事)も暮らしに内包されていますし、家族や友人と過ごす時間も暮らしの大切な部分を占めています。
創作のアイデアは暮らしの中にたくさんあります。
僕は暮らしが整っていないと製作にも影響がでてきます。
工房に通ってくる弟子たちにも、まずは足元にある暮らしを整えるように伝えています。食事を自分で作ったり、家族と過ごす時間を大切にしたり、家や身の回りをきちんと整頓したりするということです。
例えば僕が毎日の出来合いの食事をコンビニエンスストアで買ってきて、散らかった工房で製作をしているとしたら、作品の魅力は半減するのではないでしょうか?
ちなみに僕は何かを作ることが大好きです。だからこうして毎日ロクロをひいて作品を作る暮らしは、好きなことをして遊んでいるようなものなので、仕事をしているとか働いているとか言っていますが、正確には「働いているフリ」をしていると言ったほうがいいかもしれませんね。
これはとても幸せなことだと思っています。
ーーその他、 日々の暮らしの中で大事にされていることなどはありますか?
大谷家のモットーは「家族で食事」をすることです。
せっかく家にいて仕事をしているので、どんなに遅くなっても家族揃って食事をすることを心がけてきました。
子供が難しい時期でも、一緒にテーブルについてご飯を食べるとなんとかなるものです。
ーー住まい、ものづくりをする上で信楽の街を選んだ理由はありますか?
独立する数年前から色々と拠点にする場所を探しました。
魚が好きという理由で、最初に土地を探したのは、和歌山県や静岡県のような海のある場所でした。
いまの敷地の隣に桃さんのご両親が住んでいて、当時は木や草が覆い茂り、パッと見た目には人が住めるようなところには見えませんでしたが、ある時そこから眺めていると、意外といいところかも〜と思い、持ち主に交渉し土地を手に入れ住むことを決めました。
また仕事を進めていく上で、産地はとても便利です。
原料の発注、機材のメンテナンス、人材、全てがここにありますから。
これから
ーー長年続けられて、制作に対する思いや意識の変化はありますか?
制作に対する意識の変化は、僕たちを取り巻くものに対して意識を向け始めたときから、ある程度客観的に自分自身と向き合えるようになったことです。
作家としての自分のポジションを得たことで、定点的に俯瞰できるポイントを見つけたということだと思います。
弟子を取るようになったのもきっとそのせいだと思います。
ーー お弟子さんと共につくることのほか、海外での展示会や、レストランで使われる器の制作など、様々に取り組まれているかと思います。今後の活動の方向性や、構想されていることなどありましたら教えていただけますでしょうか?
工芸は今に始まった僕の個人的な出来事ではありません。
過去から預かったものを、今生きている僕たちが継承し、育て、拡張し、次の世代に繋げていくものだと思います。文化とは本来、途切れのない脈々とした流れであるはずです。
そして、今の時代にあったものを作ることは、今の時代に生きる工芸家にだけ与えられた特権だと思います。
産地にあっては原料や資材の調達、作り手と売り手の連動が呼吸であり血液の流れのようなものです。
少し前までは自分のことで精一杯で、あまりそのようなことに目を向けてきませんでしたが、最近は産地の先細りに危惧を感じています。
そんな中、50歳を目の前にして桃さんと話をしました。
例えば信楽の小学校に通う子どもたちに、大人になったら何になりたい?と質問したらどんな返事が返ってくるかなぁって。
陶磁器産地にあっても陶芸を生業にしたいと答える子供は少ないと思います。
あと30年、80歳まで僕たちが物作りを続けていく間に、将来は焼き物の仕事をしたいという子供を増やすにはどうしたらいいのか。
それを考えて実行していこうと決めました。
そして弟子を取ることにしました。
弟子とはなんぞや?
師とは?
なぜ弟子であってアシスタントやスタッフではないのか?
ぐるぐるぐるぐる毎日毎日考えました。
そしてある時腑に落ちました。
「僕たちには伝えたいことがある」
これが僕たちが見つけた答えです。
20年前に憧れた「ものを作る人の暮らし」が伝えたいのです。