日本のタオル二大産地 泉州タオルと今治タオル

日本のタオル二大産地 泉州タオルと今治タオル

日本のタオル産地として有名な、愛媛は今治と、大阪は泉州。
現在でも産地としてタオルの工業組合が残っているのは、この2産地のみとなります。

今治タオルと泉州タオルの違いはどのようなところにあるのか、歴史と併せてご紹介します。

 

今治タオルと泉州タオルの得意とする分野の違い

今治タオルと泉州タオルの違いについて、製法の違いと、それに基づく特徴の違いがあります。

今治タオルは「先晒し」。綿糸を撚り(撚糸)、それを晒し(漂白や染色、織る際に絡まりにくいようにする糊付け)、織り上げます。糸の段階で色がついているため、織によって色糸を用いて柄を出す、ファッション性やデザイン性が高いタオル生産が得意といえます。

泉州タオルは「後晒し」。織り上げる前の段階で、撚糸に糊付けののち織り上げ、その後晒し(糊抜き、染色、乾燥)、プリントや刺繍を施します。そのため、後晒しによる清潔な白タオルや、刺繍やプリントによる名入れが発展しました。

  

今治タオルの歴史

今治タオルは現在、国内産の上質なタオルブランドとして地位を確立しています。他の記事でも紹介していますが、瀬戸内気候の暖かく安定した気候、清らかな水が流れるイオン配合量が少ない蒼社川の水源に恵まれ、綿花栽培からタオル産地へと進化してきました。

 

▼今治タオルの歴史について、こちらでもご紹介しています

今治タオルとは 愛媛県今治市のタオルの起こりと技術発展 〜戦前
今治タオルとは 愛媛県今治市のタオルの発展 戦後〜

 

今治はタオル生産のスタートが泉州と比較すると遅かったため、独自性として「先晒し」の製法が編み出されました。先晒しであることから、上に記載したように多様な色柄の表現が可能になりました。多彩なデザインが施されて贈り物としても重宝され、タオルという生活道具としてはもちろん、タオルケットの寝具やパイル地の衣服など広く商品開発が行われ、商品バリエーションが多く見受けられます。

 

泉州タオルの歴史

泉州地域も、今治地域同様江戸時代に、和泉木綿(小幅の白木綿)を生み出す綿作地として発展しました。大阪府と和歌山県の境、東西に走る和泉山脈からの地下水に恵まれ、また紡績業、織物業者があったことで産業として高まっていきました。泉州の綿作は、輸入が増えたため明治時代ピークを迎え、多くの綿作農家がタマネギ栽培へ転向したと言われています。

タオル生産においては、泉州が早く始まります。
泉州地域は、
日本のタオル製造の初めと言われています。大阪中之島のメリヤス業者だった井上伊八の妻井上コマ氏が、篠竹を用いて製作した手織り機によるタオル。織り上げた後、篠竹を抜いてループを残す「竹織り」という方法を用いました。現在も使われている、テリーモーション式を用いた「打ち出し機」が生まれたのも、大阪。佐野村(現在の泉佐野市)において、1887年(明治20年)里井圓治郎氏が製作しました。

木綿の生産機があったことから、竹織や打出し機を用いてタオルの製造が普及していきました。タオルは問屋を介して、中国、朝鮮、台湾などに輸出されました。

 

泉州ではその後、1903年、兵庫県印南郡の稲岡九平氏が「多田式力織機」を発明、1907年には原田元治郎氏によって「原田式タオル織機」として力織機が発明されました。また。紋織タオルの製造なども開始されるなど、今治と比較し早くタオル生産が開始され、技術の向上も早く進められていることがわかります。

  

大阪は摂津、河内地域がタオル生産の中心地でしたが、1907年に南海電鉄が通り鉄工所(織機のシャトルを製造)や織機メーカーが作られたことで、泉佐野周辺(泉州地域)へと中心地が移っていきました。
また、第二次世界大戦においては、大打撃を受けた今治と比較し、泉州地域には影響が少なかったため、工場や設備をそのまま活かしながら、小型・中型タオルを中心に生産を続けていきます。

 

1970年代以降、今治タオル同様、中国や台湾を中心として海外製品の台頭によって、生産量、メーカー数の減少が続きます。
大阪タオル工業組合(1906年:佐野タオル協同会、1928年:佐野タオル工業組合、1932年:大阪タオル工業組合、1952年:大阪タオル調整組合)を中心に、さまざまに活動を行っています。2007年からは、「泉州こだわりタオルブランド認定委員会」を設置し、一定の品質基準をクリアしたものに「泉州こだわりタオル」認定を行い、ブランド価値も高められています。

  

 

今治と比較すると、後晒し製法のため生産の適正規模が大きく、白やカラータオルが中心。地理的歴史的にも、タオル専業問屋とのつながりが濃く、その受注生産として浴用タオルを中心に多く生産されてきました。プリントによる名入れを用いて、企業やイベント用の商品生産も行われています。また、後晒しに加えて、抗菌防臭など様々な加工開発も行われ、後加工が進化を続けています。

 

  

 

今治と泉州。現在も組合を持ちながら、タオル生産を続ける2大産地ですが、製法含め、歴史的な背景を受けながら特性が形成されていることがわかりました。

 

 

 

参考文献
辻 智佐子. 1960年代以降の日本の二大タオル産地(今治・泉州)における技術的変遷と特許出願状況. 「現代社会研究」. 2019-03, vol.16, p.87-89
東洋大学学術情報リポジトリ
柴田 弘捷. 泉州タオル産業の盛衰と現況.  「専修大学社会科学研究所月報」. 2018年, vol.661・662, p.65-75
専修大学学術機関リポジトリ
川村 晃正. 戦前期日本タオル工業の生成・発展 : 泉州と今治の比較を念頭において. 「専修大学社会科学研究所月報」 . 2018年, vol.661・662, p.35-59
専修大学学術機関リポジトリ