「今治タオル」という産地ブランド 佐藤可士和のディレクションと再生プロジェクト
今治におけるタオル生産の歴史について、大まかに捉えてきました。
1970年代以降、じわじわと増え続けていたタオル中国や台湾などからの安価な輸入タオル。1990年代からは急増し、2000年(平成12年)には輸入量が全国生産量を上回り、2006年(平成18年)にはタオル製品の輸入浸透率が80%を超えることとなりました。
今治産地においても、生産量は1991年(平成3年)から減少を続けていましたが、2010年(平成22年)には増加となります。また、下火なっていた輸出も現在では大きく伸びています。
今治産地のタオル産業復活は、2006年より開始された「今治タオルプロジェクト」の成果と言われています。
今回はこのプロジェクトにおいて行われたことの一部を、いくつかの項目に分けて紐解きます。
安価な輸入品の台頭による今治タオルの危機
戦後、生産統制がとられるなどの困難はありつつも、今治のタオル産業は伸び続け、プラザ合意後のバブル経済によって国内ギフト需要も高まるなど、中国などからの輸入は問題視されていませんでした。
バブル経済崩壊後しばらく勢いを保ちながらも、法人需要が減り、日用品としても安価な中国製品が求められる状況。タオル輸入量は1990年台に入って急速に増え、1999年には輸入浸透率が50%を超え、2006年には78.5%となります。
タオル産業の全国組織である「日本タオル工業連合会」が2000年に「タオル輸入無秩序化に関する要望書」を通産産業省に提出しますが、その後4年間セーフガードの発動は調査継続として見送られ、発動されることはありませんでした。
今治産地の落ち込みの原因としては、消費者に至るまでに多くの業者を経由するために価格が抑えられないにもかかわらず、価格競争に陥ってしまったことや、不況によってギフト需要と法人需要が落ちたことへの対処が難しかったことなどが挙げられました。
セーフガードが見送られた2006年、価格競争ではなく、安心・安全で、高品質な「今治タオル」として国内外の消費者に広く知らせることが大切であるとの判断で、今治タオルブランドのブランディングが開始されます。
今治タオルブランドとしてのプロジェクト
1952年(昭和27年)より組織され、100社以上のタオルメーカーを束ねる「四国タオル工業組合(現:今治タオル工業組合)」を主体に、今治市、今治商工会議所が開始したのが「今治タオルプロジェクト」。
タオル産地としての今治の復活と、世界に通ずるタオルブランドを目指しての活動です。2004年から中小企業庁がおこなっている「JAPANブランド育成支援事業」制度を2006年からの3年間活用しながら進められました。
クリエイティブ・ディレクターを佐藤可士和に依頼し、「安心・安全・高品質」として、今治タオルの本質的価値の発信が取り組まれました。
ロゴマークの制定
今治タオルといえば、一番に思い出されるシンボルのようなロゴマーク。
今治の自然をモチーフに、白・赤・青の3色を基調にデザインされました。
「白は『空に浮かぶ雲』と『タオルのやさしさ・清潔感』、青は『波光煌めく海』と『豊かな水』、赤は『昇りゆく太陽』と『産地の活力』」(佐藤, 2014,p.29)を表しています。
今治タオルブランド認定を受けた商品には、ロゴマークの織りネームが付けられます。裏面には、製造したメーカーの企業番号が記され、生産を追随できるようになっています。信頼できる商品の証です。
白いタオルと今治見本帳100
今治タオルの本質的な価値をアピールするにあたり、キープロダクトとして設定されたのは白いタオル。技術の高い今治産地のメーカーであるからこそ、同じ白色のタオルと言っても、肌触りや厚み、色味など様々にバリエーションでます。
白色一色、100種類の織りを集めたサンプル「今治見本帳100」も発表されています。
タオルマイスター
今治地域のタオル生産に関わる技術者は「四国タオル技能士研究会」を組織し、メーカーの枠を超えて高めあってきました。
今治タオルの品質を継承し、これからさらなる成長を望むには、産地全体で取り組む必要があると2008年に新たに生まれたのがタオルマイスター制度。
タオルマイスターとなれるのは、技術や技能に長けた20年以上の実務経験の職人であり、次世代への指導能力も評価された者のみ。現在は5名がタオルマイスターとして、取り組んでいます。
また、2011年には「四国タオル工業組合社内技能検定(職種:タオル製造)」が制度化。1級と2級の検定があり、学科と実技で評価されます。タオルマイスターになるには1級の取得が必須となり、若手や中堅が明確な目標を定めながら、徐々にスキルアップしていけるような仕組みづくりが行われました。
(タオルマイスターについては、こちらでもご紹介しています:
今治タオルブランドを支えるタオルマイスター プロジェクト認定の技術者とは)
タオルソムリエ
上質なタオルへの関心が高まっていることから、値段や素材などの単なる情報ではなく、使い手の用途や目的によって適切なタオルをおすすめし、今治タオルの良さを伝えていきたいと、2007年には「タオルソムリエ資格試験制度」が用意されます。作り手の育成としてのマイスター制度に加えて、伝え手の育成としてのソムリエ制度です。
筆記試験を通してタオルの原料素材、種類、製造、歴史などの文化など、タオルに関する幅広い知識が測られます。
国際見本市
今治産地の復活に加え、世界に通用するブランドを目指して発足された、今治タオルプロジェクト。国際見本市に参加し、注目を集めています。
2009年の海外初出展、フィンランドで行われたヘルシンキ・ハビターレ09国際家具インテリア見本市、2011年から3年連続の出展ヨーロッパ最大級のインテリア雑貨関連見本市「マチェフ」など、明るくシンプル、清潔で神聖な印象も持ち合わせる白木を用いたブースは、日本らしい美しさが発信されました。また、今治タオルの信頼できる高い品質・安全性は各国で評価され、ブランド認知を着実に高めながら、国ごとに違う嗜好やニーズを掴む機会としても活用されています。
直営ショップ
2012年には、東京での直営店として「今治タオル 南青山店」が開店。白木による什器がタオルの柔らかさを引き立て、整然と白いタオルが並べられます。評判と認知度が飛躍的に上昇し、今治タオルプロジェクトが大きく進展しました。
5秒ルール
今治タオルブランドには、独自の品質基準が設けられ、それをクリアしたもののみ今治タオルと名乗ることができます。
(別記事にてご紹介しています:今治タオルとは 高品質なタオルブランドとして守る高い基準)
その中で代表的なのが、今治タオルの吸水性を確かめる試験の「5秒ルール」。1cm角にカットしたタオル片を、水に浮かべ、5秒以内に沈み始めるかどうかを試します。独自で設けられた基準によって、品質の高い今治タオルが生まれています。
プロジェクトの成果と今後
初めに述べた通り、減少の一途を辿っていた今治産地のタオル生産量・組合員数・市場占有率ですが、2006年の今治タオル再生プロジェクトの始動から4年、生産量が前年を上回るプラス成長を遂げています。
今治タオルの認知度に関しても、プロジェクト開始前2004年(平成16年)の段階では、今治タオルの17.5%、今治をタオル産地と知らない人は6割以上という状況にありました。「JAPANブランド育成支援事業」認定の期間が終了した2010年以降も展開を続け、プロジェクト始動から6年、2012年(平成24年)では51.5%と2倍以上となり、飛躍的な上昇を遂げています。
今治タオルプロジェクトは、今治タオルの本質的な価値を見直し発信するブランドとしての戦略に加えて、今治産地の各メーカーの技術や努力によって成功を続けています。
これからも、上質なタオルの製造を続けながら、私たちの生活を豊かに彩り続けます。
参考文献
四国タオル工業組合. 『今治タオル 120周年記念』. 世界文化社, 2015
佐藤可士和・四国タオル工業組合. 『今治タオル 奇跡の復活 起死回生のブランド戦略』. 朝日新聞出版, 2014
藤高 豊文. 今治タオルのブランディング. 「繊維機械学会誌」. 2008年, vol.61, no.8, p.573-576
JSTAGE
藤高 豊文. 「今治タオル」の現状と今後. 「繊維機械学会誌」. 2006年, vol.59, no.11, p.597-600
JSTAGE平川すみ子. 今治タオルに学ぶブランディング戦略と産地再生. 「岐阜市立女子短期大学研究紀要」. 2014年, vol64, p.75-78
岐阜私立女子短期大学リポジトリタオルデータ | 今治タオル工業組合
https://itia.or.jp/toweldata.html(参照2022-4-29)