WELL life style #04 fresco(フレスコ) 辻野剛さん<br>3-2. アメリカ・イタリアのエッセンス

WELL life style #04 fresco(フレスコ) 辻野剛さん
3-2. アメリカ・イタリアのエッセンス

性別、年齢、国籍を問わず、現代に暮らす人々が共通して抱いているのは、豊かな生活を送りたいという願望だと思います。ただ、その豊かさは人それぞれ感じ方や求めている事が異なる事も事実です。

100人居たら100通りの生活があります。私達から見て豊かな生活を送っていると感じている人達へのインタビューを通して、豊かな暮らしを送るためのヒントを探っていきます。

 

  

 

 

 

アメリカ・イタリアのエッセンス

大阪府和泉市に工房を構える、ガラスメーカーfresco(フレスコ)。
吹きガラスの技法を用いた器は、一つ一つ手作りです。工房内では、基本的に二人一組、それぞれのチームが溶解炉から溶けたガラスを巻き取り、下玉と呼ばれる小さな玉を作るところから、息を吹き込み成形、何度も窯と作業ベンチを行き来しながら、仕上げまでの全工程を行います。


代表の辻野さんが、ガラスに魅せられ学び、frescoを立ち上げ、現在もチームで続けるものづくり。今回は、辻野さんが国内外でガラスを学んだ当時のことや、frescoへの想い、frescoのプロダクトやものづくりへの考え方について、また和歌山県白浜町に設けた新たな工房CAVO(カーヴォ)と取組む、新たな挑戦についてなど、3時間にわたってお話を伺いました。

  

 

イタリアの吹きガラスへの敬意

イタリアのテクニックは、数年の間に世界中に広がりましたね。僕がクラスを受けていた時は、スマートフォンは勿論無いし、ビデオなんかも気軽に持てないので、記録方法が手書きしかありませんでした。だんだんとテクノロジーが発達していくと、今はYouTubeなんかでも見れますし、すごい勢いで広がりましたね。

ですが、イタリアの吹きガラス技術はいまだに世界一ですね。

優秀な職人を幽閉して、そこで生まれるものがイタリアの最も国益を産む産業。隣の家より良いものを作れと、金に糸目をつけないフランスの貴族がどんどん金を送り込んでいました。
あの環境は二度と再現できないので、手仕事での
ガラス技術でそれを超えることはもう無いだろうなと思いますね。

そこを最高峰と考えると、イタリアの吹きガラスの技術に敬意を表する以外にない。そういう意味で、fresco(フレスコ)もCAVO(カーヴォ)もイタリア語を使っています。

 

 

 

制作物への影響

ーー村上:辻野さんは留学していたということで、アメリカの印象が強かったんですけれども、それは源流の技術だったっていう。

 

ガラスの技術に関しては、イタリア風ですね。

 

ーー村上:作られる世界観にアメリカのエッセンスは入っていますか?

 

うーん、あるとは思いますね。

  

ーー村上:"和"の感じは、僕はあんまり感じないんですけれども、日本で生まれたというのもあるので、日本とアメリカとイタリアとがミックスされているんだと思うんです。無意識だとは思うんですけれども、どんなバランス感ですか?

 

多感な時期にアメリカに行っているので、やっぱりアメリカの影響は大きいのかな、とは思います。自分ではわからないですけれども、色々とものを見聞きしたり体験したりはしたので、何か発想する時にアメリカ的な引出しはいっぱい開いているかもしれないですね。

  

 

ーー村上:ガラスで作り始めてから、随分年月が経っているとは思うんですけれども、技術もそうですし、アメリカでの生活の中で感じたことや経験は、やはり大きいですか?

 

アメリカって、空間意識・大きさがやっぱり違うじゃないですか。
ギャラリーなどで見るアートワークが、やっぱりそのスケール感や空間に対するボリュームみたいな点で、日本で見るのと全然違うんですよね。それはすなわち、人と対峙した時にそのものがどれだけ力を持っているかなんかに密接に関わっていると思うんです。
そういうような、
空間・人・ものの関係性とかって、小さいものを作ったとしても要素としてはあるのかなと感じます。

 

ーー吉田:ずっとシアトルにいらしたんですか?

 

いいえ、僕は色々ですね。
一番長かったのはカリフォルニアです。空気感=光感なんですけれども、カリフォルニアの空気感・光感、とてもドライじゃないですか。なので、色がより鮮明に見える。

そんなカリフォルニアの空気感と日本の空気感というのは、対極にあると言えます。日本はすごい湿度ですよね。特に春夏は空気に水分が含まれていて、光を遮るものが感じられるから、それを通してきたものが映し出す色と、完全に乾燥した空気の中で見る色は全然違います。そういうことはすごく意識しました。

 

 

自分を見つめるということ

写真もいっぱい撮りましたね。スライドで撮るのが好きで、大きく壁に映し出して見るとか、よくやっていましたね。「何故これを撮ったか?」「この画面の中の、何が気に入っているのか?」というのを自問自答する。

 

ーー村上:へぇ、面白い。

 

そういうのを皆はやっているのかな。今はインプットばっかりで、アウトプットしていないような。学生たちにもたまに言うんですけどね。自分が本当は何が好きで何が嫌いか、少なくともそれくらいは知っておかないと。物が多くて情報が多いから、これが本当に好きなのか?と気になってブレている間に、自分というものが見えなくなっちゃう、というような話をしたり。

インプットが多すぎるんですよね。写真もいっぱい撮れるんだけれども、ちゃんと後でゆっくりみているかっていう。「撮った写真を見る」ことは「自分を見る」ということだから、そういうことは大事なのかなと思います。

今もそういうことしたいと思うんですけども、時間がないというか、なかなかできていないですね。

 

ーー吉田:後で、どうして撮ったかを解釈し直して、自分の情報にするというか。自分自身の解釈をすることは、すごく大事ですよね。沢山インプットをしているんだけど、ただ流しているだけということも多いんじゃないかな、と思ったり。

 

情報が無いのと比較したら、ある方が絶対にいいんだけど。
情報の波にザーッと流されていく、というような状況になっているんじゃないかなと思いますね。

  

 

ーー村上:アメリカでは、インプットとアウトプット、自分を見つめるというような作業をされたということなんですけれども、それは自分の中で今より、作りたいものや表現したいものが揺れ動いていたからっていうのもあるんですか?

 

そうですね、やっぱり日常にいろんな刺激がある。人間が作り出すクリエイションもそうですけど、今までの尺度では考えられないような人にも出会ったり。そういう人たちに刺激を受けつつ、物を作りつつ…しかしそれに統一性がない。こんなもの作りたいと、衝動的に作ったりもしていたので、まとまりが無いんですよね。本当に自分がやりたいことはなんなんだろうと考えながら、少しずつ修正していくというか、そんな日々だったような気がしますね。

 
カリフォルニアにいたときに、居候をしていた時がありました。部屋を貸してくれていた人が、無名なんですけれども絵描きで。僕は、すごく良い絵を描くなと思っていたんです。具象の絵を描くんですけれども、すごく奥行きがあって、見れば見るほど引き込まれる絵で、もっと評価されるべきだと感じていました。その人とは、夏は一緒に家屋のペンキ塗りのバイトをしたり、写真を撮ったり、雨が降る冬は絵を描いたりしていて。夏だけ働いて、冬は好きなことをする、アメリカではこんな生活もできるんだというのも驚きでしたね。日本人って、生活のためにあくせく働いている感じがあったので。

一枚の絵を描くのに何ヶ月もかけて、だからと言って売れているわけでもなく。そういうゆとりがないと、こんな絵は描けないんだろうなとも思いました。そんなような、ライフスタイルそのものも衝撃でしたね。 

 

 

「3-3. アメリカでの出会いと帰国後の生活」へ続く

 

 

 

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